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「米原昶の革命」書評 非転向で自主独立を貫いた生涯

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年06月07日
米原昶の革命: 不実な政治か貞淑なメディアか (近代日本メディア議員列伝・12巻) 著者:松永智子 出版社:創元社 ジャンル:政治

ISBN: 9784422301129
発売⽇: 2025/02/19
サイズ: 18.8×3.5cm/350p

「米原昶の革命」 [著]松永智子

 米原昶――資産家の御曹司である。父親の章三は貴族院議員を務めたほか、林業、金融、運送、百貨店、新聞社などの経営も手がけた実業家で、地元・鳥取では政財界の重鎮として知られた。その隆盛を物語るのは、いまなお残る昶の生家であろう。石州瓦が波打つ「米原家住宅」(鳥取県智頭〈ちづ〉町)は国の有形文化財にも登録されている。
 だが、昶は生まれながらに用意された上流階級への道を放棄した。彼に革命の志を促したのは大正デモクラシーのうねりである。地元名門中学を経て一高に進んだ昶は、共産主義と出会う。当時非合法政党だった日本共産党の綱領(27年テーゼ)を読んで「目覚めた」。結果、「不穏の言動」を理由に除籍処分となり、15年間にも及ぶ潜行生活を続けた。戦後は共産党員として表舞台に復帰。「赤旗」記者を経て1949年の衆院選挙では鳥取選挙区でトップ当選した。その翌年に生まれた長女が、作家として活躍した米原万里。どこかで見覚えのある本書の副題「不実な政治か貞淑なメディアか」は、万里の著作からの援用だ。
 金持ちのボンボンがマルクスボーイとなるのは、とりわけ戦前において珍しいことではない。だが、本書が〝読ませる〟のは、著者の徹底した取材によって上質の人物ノンフィクションに仕上がっているからだろう。ペダンチックに陥ることを避けた冷静で緻密(ちみつ)な文体は、ありのままの人物像を浮き彫りにする。
 昶は非転向の人であると同時に、「自主独立」を貫いた人でもあった。国会議員となった祝いに父親は豪邸を買い与えるが、ブルジョア生活を嫌った昶は家を党に寄付してしまう。御曹司ならではの気風を感じさせながらも、分裂で揺れた党を生き抜き、「赤旗」編集局長などのポストに就いてメディアにも関わった。
 激動の時代を駆け抜けた昶の生涯を追いかけると、副題に込められた意味も、ふわっと浮き上がってくるのだ。
    ◇
まつなが・ともこ 1985年生まれ。東京経済大准教授(近現代メディア史)。共著に『ソフト・パワーのメディア文化政策』など。