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『「国境なき医師団」をそれでも見に行く』書評 やりきれなくても目を背けない

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年06月14日
「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編 著者:いとう せいこう 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065390863
発売⽇: 2025/04/24
サイズ: 13×18.8cm/216p

『「国境なき医師団」をそれでも見に行く』 [著]いとうせいこう

 この本を手にとったら、裏表紙をめくって著者の写真を見てほしい。
 この人が、こんな表情をしている。著者は才気あふれて切れ味鋭くかっこいい大人である。その彼がこんな顔をして、隠そうともしない。
 著者は2016年から紛争地で医療援助をするNGO「国境なき医師団」の活動現場に赴き報告を続け、これは第3弾。舞台はミャンマーから迫害を逃れた100万人のロヒンギャ難民が暮らすバングラデシュのキャンプだ。
 その「奥暗さ」「異常さ」は「耐えきれない」ほどで、「世界のマイナスが詰まっていた」。「銃撃が始まったらすぐ伏せてね」と言われた著者が「笑ってしまった」のは「平和ボケ」の「不誠実」だからという(あなたや私ならどう反応しただろう)。
 病院には、性暴力被害者が、そのことを口に出さず診察室にたどり着けるよう、目印の花のイラストがある。病室で横たわる子どもは「くる病」でやせ細り、治療不能。
 もう、やりきれない。
 一方で、著者は明るさも見いだす。難民自身が語り手となり病気予防を啓発するなかで、デング熱の恐ろしさを呼びかける。その「名調子」に「芸能の発生」めいたものを感じる。キャンプの中の屋台に人々は集まり、「生き生き」して「暮らしの活力」がある。
 私たちはどうすればいいのか。見ないでいれば、遠い日本で日々を気楽に暮らせる。でも、そのこと自体が相手との間に「壁」を作ること。すると「相手は即座に虫けらになってしまう」。殺されても目に入らない。
 日本は先の大戦でミャンマー(ビルマ)で政治的に画策をし、戦後はその補償の意味で援助をしてきた。だから「決して他人事ではない」。ミャンマーだけに限らない。
 ゆえに著者は「それでも」現場に行き、書き続ける。まず知って、その先はどうしたらいいかもこの本は教えてくれる。
 だから私たちは、読み続けよう。
    ◇
1961年生まれ。作家・クリエーター。『ボタニカル・ライフ』で講談社エッセイ賞、『想像ラジオ』で野間文芸新人賞。