
ISBN: 9784022520517
発売⽇: 2025/04/07
サイズ: 18.8×1.9cm/280p
「人生後半にこそ読みたい秀歌」 [著]永田和宏
人生の、とくに後半に迎えるさまざまな場面に即して詠まれた短歌を取り上げ、永田さんが文章を添えている。私個人のことを言えば、そんなに短歌を読んできたわけではないが、好きで少しは読んできた。だけど、こんなに身近に感じたことはなかった。たぶん、これまで私にとって短歌は鑑賞の対象だったのだと思う。もちろん本書には鑑賞に値する歌が収められており、私にもほれぼれするようなものがいくつもあった。だけど、永田さんは鑑賞の手引きや評論めいたことを書こうとしない(少しは書いてあったかな)。歌が開く人生をもう少し垣間見させてくれて、読者とともに歩もうとしている。
例えば、「老人になると鰻(うなぎ)も脂っこくてねえ」なんて趣旨の短歌。詠んだのは、かの斎藤茂吉である。文芸として見ると、私なんかはどう鑑賞していいか戸惑ってしまう。だけど、思わず笑ってしまうし、永田さんの文章も、それでいいじゃんと思わせてくれる。こんな気の抜けたような述懐の歌もあれば、死を見つめた絶唱と呼ぶべき歌もある。読む人の人生によってどこが刺さるかは違うのだろうけれど、三部構成の第二部はそんな鋭利な歌が並べられ、もう私なんかうぐ、とか、うへえ、とか言いながら読み進めて、第三部になると酔っぱらいの歌とか、またとほほな歌が並ぶ。でも、人生もそういうものだよね。
ひと老いて何のいのりぞ鰻すらあぶら濃過(こす)ぐと言はむとぞする――これがさっき言った鰻の歌。こうやって歌われると、その言葉遣いやリズムのおかげだろうか、がぜん面白くなって、オレはまだウナギぜんぜんいけるもんね、と茂吉に勝った気になったりもする。タイトルには「秀歌」とあるけれど、私には凡歌でも愚歌でもいいんだと背中を押してくれるように思われた。かくして、「人生終盤にこそ詠みたい凡歌」という考えが齢(よわい)七十のわたくしの中に芽生えたのでありました。
◇
ながた・かずひろ 1947年生まれ。歌人、細胞生物学者。主要歌集に『饗庭』『風位』など。著書に『歌に私は泣くだらう』など。