岩崎真「人のために働く」 生きることをめぐる葛藤の物語

不登校ながらも中学校を卒業し、その後アルバイトを転々としながら、一歩一歩自らの生き方を模索していく青年の物語。彼は、家の中でも仕事先でも、感情をほとんど表に出すことがない。物静かで、一見自己主張が弱そうに見える彼の日常が、淡々と、ひたすら淡々と描かれる。
主人公の見かけと同じく、マンガの表現も一見素朴でシンプルだ。簡素に見える描線と構図だが、じつは繊細なニュアンスがしみ出て、表情と風景とことばが積み重ねられて強い説得力を生み出し、読む者の心をつかんでいく。印象深い独特な作風だ。一方、日常に徹しようとする物語のはしばしからは、時おり意外にも観念的な言葉があふれ出て、穏やかな画面とは裏腹に切迫した何かが伝わる。
その奇妙な迫力の背後に隠れているものが、最後まで読み進むとあらわになり驚かされる。どこか達観したムードの物語と思って読んでいると、じつはまったくそうではない、生きることをめぐる激しい葛藤の物語だと知れる。思い切った展開に面食らう人も多いだろうが、著者としてはこれで「描ききった」という思いだろう。いろいろな意味で、めったに出会えない個性あふれる作品だ。=朝日新聞2025年6月7日掲載